ヨーロッパ歯学部視察の後の黙考

 「平成20年度戦略的大学連携支援事業」連携大学口腔医学カリキュラム作成担当者による海外の医学部・歯学部の視察が1月から2月にかけて実施されました。 本学からは、個体差医療科学センター安彦善裕教授が参加し、2月1日(日)〜8日(日)にかけて欧州3都市の歯学部の教育事情について視察を行ってきました。

ヨーロッパ歯学部視察の後の黙考
個体差医療科学センター  安彦善裕

 ロンドン(イギリス)、プラハ(チェコ)、ストラスブール(フランス)と3都市にある歯学部の教育事情について視察を行った。どの国でも真っ先に声を合わせて言ったことは、「歯科医師が不足している。歯科医師を増やすことが急務である。」であった。イギリスでは、近々歯学部を3つ新設するとのこと。フランスでは「2020年問題」として、危機的状況に陥る歯科医師不足への対応が始まっている。昨年アメリカのオハイオ州にある歯学部を訪問した時に、学部長が、全米では歯科医師不足により、これから歯学部が7つ新設されると言っていたのを思い出した。日本の歯科医療事情とは全く、正反対のようである。国際歯科医師連盟(FDI)が発表した2004年の歯科医師数によると、10万人比に対して、日本は73人、イギリスは54人、アメリカは59人、フランスは64人とのことである。確かには日本は他の国よりやや多いことは事実である。しかしながら、国家試験で人数制限を行い、歯科医師の中にワーキングプアが出現し、世論がそれを察して、半分以上の私立歯学部で定員割れがおこる程、他の国より歯科医師は余っているのであろうか?数字と日本の現状に大きなギャップのあることを感じざるを得ない。
 本プロジェクトの目標としている「歯科医師から口腔科医へ」について、各大学の対応してくれた教授方に尋ねてみた。プラハの歯学部は、以前は医科と同様のカリキュラム体制で教育が行われていた。対応してくれた先生がその時に歯科医師になった方であったため、現在の技術中心の歯科医療教育を憂いており、口腔科医には大賛成のようであった。ロンドンとストラスブールでは、口腔科医との考えは理想的としながらも、歯科医師不足の問題から、目の前の患者さんを治療できる技術をもった歯科医師を社会に送り出すことを急務としているようであった。私は、勿論、口腔科医へとの考えは大賛成である。数年前から、本大学病院で「口腔内科相談外来」を担当しており、ドライマウスや舌痛症を初めとして、口腔に様々な症状を訴える患者を診てきている。無名の外来の社会的認知度を上げるため、メディアを用いて工夫したところ、多数の患者が押し寄せることとなった。潜在的患者の多いことを改めて知らされた。実際に、ドライマウスを訴える患者は全人口の10%以上に、舌痛症の患者でも2~5%にも及ぶと言われている。ここでの診断●治療には一般歯科以上の全身疾患に関する知識が必要であり、歯科医師よりむしろ口腔科医であるべきであろう。歯科医師の職域の確保、社会のニーズに応える新たな職域の拡大には、現存の歯科医師との考えよりも口腔科医としての地位確立が欠かせないものと思われる。
 歯科医師不足から、ここ数年は、即実践型の技術中心の教育を推進していくと思われる欧米諸国に対し、これまで以上にしっかりとした知識と判断能力を備えた歯科医師づくりを目指すという点で、「歯科医師から口腔科医へ」との考えは、歯科医師過剰と言われる今の時代だからこそできることなのではないだろうか?世界の歯科医学教育をリードできるチャンスなのかもしれない。